東京地方裁判所 昭和43年(ワ)2905号 判決 1971年11月22日
被告 東都信用組合
理由
一 預金契約の成立
原告が、昭和四二年一二月三〇日、被告本所支店に金一、〇〇〇万円を、利息は元金一〇〇円につき日歩七厘とし、原告はいつでも即時払戻しを請求できるとの約定で普通貯金として預入したことは、当事者間に争いがない。
二 弁済
《証拠》によれば、右支店外務員中尾欣也は昭和四三年一月四日原告の右預金口座から四〇〇万円、同月一〇日同じく五〇〇万円、払戻しの手続きをとり、中尾は前者につき現金四〇〇万円後者につき現金二〇〇万円および金三〇〇万円の支払いに代え被告振出の額面一〇〇万円の小切手三通を受領したことが認められる。しかし、中尾が、右払戻しにつき原告を代理する権限を持つていたことおよび同人が受取証書の持参人であることを認めるに足りる証拠はない。
すなわち右各証拠に他の《証拠》をあわせれば、次の事実が認められる。
松平こと鈴木二郎、野本敏郎らは、大口の遊金を持つている者をして一定期間払戻しをしないという約束のもとに被告支店に普通貯金をさせ、その間に預金者に無断で、改印届をして改印後の印鑑を使用するか又は預金者の被告あて届出印鑑に似せて作つた偽造印鑑を使用するかして右貯金を払い戻しこれを一時流用して右約束期間内に右払戻金員を右貯金口座に預け戻すことを企てた。
鈴木と野本とは色川嘉彦、山崎誠一らの紹介により原告に対し右企図を秘して被告本所支店に一か月間は払い戻さないとの約束で貯金することを依頼し、原告はこれに応じて昭和四二年一二月三〇日前記のように被告本所支店に一、〇〇〇万円を普通貯金として預入し、かつ一か月間払い戻さない旨の念書(乙第一四号証)に原告所有の印鑑を押してこれを山崎に交付し、この念書は色川を経て野本に手交された。
野本は原告に無断で右同日知合いの朝鮮人通称鈴木某に右念書に押された原告の印鑑に似せた印鑑を作らせ、これを使用して原告名義の委任状および右念書と同旨の念書(乙第一五号証)を作成し、かつ被告本所支店備付の普通貯金請求書二通に右偽造印を押し(乙第二、第三号証)、これらを鈴木二郎を介して即日中尾に交付した。鈴木二郎はその際中尾にこれらの書類は原告の承諾にもとづき作成されたものであつてこの一か月間なら自由に貯金を払い戻して費消しさらに貯金口座に戻しておけばよい旨告げ直ちにうち四〇〇万円を払い戻すよう依頼した。
中尾は昭和四三年一月四日被告本所支店長竹山義方および従業員北見香代子に対し右偽造請求書を使用せず、貯金通帳も呈示しないで、原告の押印のない普通貯金請求書のみを提出するといういわゆる便宜払い扱いによつて原告の右貯金口座から現金四〇〇万円を払い出してこれを鈴木二郎に交付し、さらに同年一月一〇日右支店長および右支店預金係員角雅治に対し同様の方法を用いて原告の右貯金口座から前記のように五〇〇万円を払い出し鈴木二郎にうち一〇〇万円を交付し、同月一一日に至り前記偽造の原告名義普通貯金請求書二通に必要事項を記入したものを角雅治に提出し所要の事務処理をなさしめた。
この間原告は右払戻しを何人にも依頼したことはなく、前記普通貯金請求書の作成を承諾したことはなく、また右払戻金員の一部をも受領していないが、右預金に関し謝礼若干を受領している。
以上の事実を認めることができ、乙第四、第五号証および証人中尾欣也の証言、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。
右事実によれば、中尾が原告から普通貯金払戻請求および払戻金員受領の権限を与えられていたとはいえず、また右普通貯金請求書が受取証書にあたるとしても、右は作成権限あるものによつて作成された文書ではなく、また払戻しに際し被告に呈示されてもいないから、被告の弁済はいずれの点からみても原告に対し効力を生じない。
三 不法原因給付
前記二で認定した事実によれば原告は被告本所支店に預金するに際し謝礼若干を受領したにとどまり、鈴木二郎、野本らの違法行為を何ら知らなかつたものである。従つて右預入は不法原因給付にあたらないことは明らかである。
四 相殺
前記二で認定した事実によれば、原告は鈴木二郎、野本らの違法行為を知らなかつたものであり、前記の事情のものでは原告がこれを知らなかつたことにつき過失があるとはいえない。従つて原告は鈴木、野本らとともに共同して不法行為をしたとはいえないから、被告の相殺の主張は自働債権の存在が認められず、採用できない。
五 原告が本訴状をもつて右貯金の払戻請求をなし、これが昭和四三年三月二五日被告に到達したことは争いがない。よつて被告は右預金一、〇〇〇万円およびこれに対する預入当日である昭和四二年一二月三〇日から昭和四三年三月二五日まで日歩七厘の割合による約定利息ならびに同月二六日から完済まで右同率の遅延損害金を支払う義務があり、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容
(裁判官 沖野威)